ここ数年でよく耳にするようになった「人的資本経営」という言葉。
なんとなく聞いたことはあるけれど、「結局どういうこと?」「自分の会社でも関係あるのかな?」と感じている方も多いのではないでしょうか。
特に私たちのような中小製造業では、「人材の確保が難しい」「社員一人ひとりの成長が会社の命運を左右する」といった現実的な課題に直面しています。
だからこそ、人的資本経営の考え方は大企業だけのものではなく、中小企業こそ真剣に向き合うべきテーマだと私は考えています。
この記事では、まず「人的資本経営とは何か?」をわかりやすく解説し、そのうえで御津電子がどのように取り組んできたかをご紹介します。
そして、その取り組みの先にある「ビジョン実現」というゴールについても、実際の事例を交えてお伝えします。
人的資本経営とは
人的資本経営とは、一言でいうと「従業員を単なるコストではなく、価値を生み出す資本として捉え、その価値を最大限に引き出すことで中長期的な企業価値の向上につなげる経営」のことです
従来は「ヒト・モノ・カネ」の経営資源の一つとして人材をできるだけ効率的に管理する考え方が一般的でした。
しかし、人的資本経営では、人への教育・研修や働きがい向上への投資を「将来への投資」と考え、従業員の能力や意欲を高めることを重視します。
人的資本経営がなぜ今注目されているかというと、企業価値評価のトレンドが変化してきたからです。
企業の価値は有形資産だけでなく無形資産、つまり人材のスキルや知識、ブランド力、技術力といった目に見えない資産が占める割合が高まっています。
(抜粋:基礎資料 時価総額に占める無形資産の割合|内閣官房 経済産業省)
経済産業省によると、日本企業の時価総額に占める無形資産比率は年々上昇しています。
しかし、米国市場(S&P500)の無形資産比率が90%に対し、日本市場(日経225)では32%に留まっています。(2020年時点)
投資家も企業の将来性を見る際に、財務情報だけでなく従業員のエンゲージメントやスキルといった「人的資本」に注目するようになってきました。
さらに、伊藤レポート(人材版伊藤レポート)によって人的資本経営の重要性が提唱されたことも大きな契機です。
これは2020年に経済産業省が公表した報告書で、「人材は『管理』の対象ではなく、その価値が伸び縮みする『資本』である。適切な機会や環境を提供すれば人材価値は上昇し、放置すれば価値は縮減する」と強調されました。
このレポートでは人的資本経営を実践するフレームワーク「3つの視点」と「5つの共通要素」も示され、企業が人材戦略を経営戦略に組み込む指針が提示されています。
参考:人的資本経営の実現に向けた検討会 報告書 ~ 人材版伊藤レポート2.0~ |経済産業省
言い換えれば、会社の成長戦略と人材育成・活用戦略を一体化させることが持続的成長の鍵だと示されたのです。
こうした流れを受けて、日本でも人的資本に関する情報開示が本格化しています。
2023年3月期決算より、上場企業は有価証券報告書で人的資本に関する情報開示を行うことが義務づけられました。
例えば「人材育成」「従業員エンゲージメント」「健康・安全」などの項目について、企業は自社の状況や取り組みを公開する必要があります。
このように人的資本経営は単なる流行語ではなく、経営の新たなスタンダードとして定着しつつあるのです。
初心者の方にとって少し難しく感じるかもしれませんが、「人に投資し、人を活かす経営」と理解すれば、その本質はつかみやすいでしょう。
御津電子が考える人的資本経営
御津電子株式会社(当社)は、この人的資本経営を経営の柱に据えています。
平たく言えば「人の可能性は無限大である」と信じ、一人ひとりの社員の力を最大限発揮できる会社を目指しているのです。
具体的には、社員それぞれの強みや「やってみたいこと」にフォーカスし、それを引き出すことに力を注いでいます。
(御津電子が社内で実践する「KSKサイクル」(傾聴・支援・改善)の概念図)
そのために、当社では「KSKサイクル」(傾聴・支援・改善)を繰り返し実践しています。
KSKサイクルとは、経営陣や上司がまず社員の声に傾聴し、次に必要な支援を行い、そして職場環境や制度の改善を図るという一連の流れを指します。
これを回し続けることで、社員の悩みや要望を汲み取り、速やかに対応していくのです。
当社では、社員が自らの強みを発揮できる環境を整え、チャレンジすることを全力で支援しています。
そしてチャレンジの結果生じた課題は経営側でしっかり改善し、再び社員にとって働きやすい環境にフィードバックする――この繰り返しにより、社員の持つ可能性をどんどん引き出していこうという考え方です。
例えば業務の進め方や職場の制度について社員から提案があれば経営陣が耳を傾け、良いアイデアは即採用して仕組み化します。
社員が安心して働けるよう、ワークライフバランスの整備にも力を入れており、男性の育児休業取得を推進するなど家庭との両立も支援しています。
こうした傾聴・支援・改善のサイクルを通じて、「社員が生き生きと活躍し成長できる会社」を目指しているのです。
また、この考え方の根底には「経営者である私自身が社員の可能性を信じ抜く」という信念があります。
実際、当社には現場から経営視点で積極的に発言する社員も多く、「経営方針と自分の目標を紐づけて行動したい」「新しい技術展示会にも積極的に参加しよう」といった前向きな声が自然と上がってきます。
それらの声を経営側が真摯に受け止め、実際の経営に活かすことで、社員と経営陣が一体となって会社を良くしていく風土が醸成されています。
↓当社の人的資本経営について、さらに詳しく↓
人的資本経営の先にあるもの
人的資本経営を進めていったその先にあるもの——それは、会社のビジョン(将来像)の実現です。
当社では「ものづくりを基盤とした多角化経営」というビジョンを掲げていますが、まさに人的資本経営によって社員が成長し、新たな事業に挑戦したことで、そのビジョンの一部を実現することができました。
実際に人的資本経営を本格導入して約2年の間に、当社では新しく福祉事業部などを立ち上げることに成功し、しかもそれら新規事業を早期に黒字化することができたのです。
この背景には繰り返しになりますが「人の可能性は無限大」という信念に基づき、個々の強みを最大限に引き出したことが大きく貢献しています。
社員一人ひとりが成長し続け、その総和として会社全体が成長する。
会社が成長すれば、掲げたビジョンに一歩一歩近づいていく——人的資本経営はこの好循環を生み出すためのエンジンなのです。
では、人的資本経営を突き詰めていくと最終的にどんな姿が待っているのでしょうか。
それは企業として達成したい「究極の目標」に他なりません。
ビジョンとは企業が存在意義として掲げる将来像ですから、社員の力が最大化され業績が向上すれば、いずれ必ずそのビジョン実現という地点に到達します。
もし今これをお読みの方が企業の経営者でいらっしゃるなら、きっと自社のビジョン(理想像)をお持ちだと思います。
人的資本経営はそのビジョン実現への近道になり得ます。
社員の成長なくして会社の飛躍はありません。
ぜひ人的資本経営をスタートし、ビジョン達成への一歩を踏み出すことを心からおすすめしたいです。
御津電子の事例紹介
人的資本経営によって社員が成長し、会社に新たな価値をもたらした当社の実例をご紹介しましょう。
御津電子の牛窓工場では、工場長(Aさん)が7年間にわたり試行錯誤を重ねながら工場をまとめ上げてきました。
Aさんは工場責任者という重責を担い、日々生産管理・人材育成・品質管理・営業対応・総務など多岐にわたる業務に追われていました。
同時に、家庭では障がいを持つお子さんの子育てもされています。
仕事でも家庭でも向き合うべき課題が多い中、Aさんは常に「どうすれば工場をより良くできるか」「皆が安心して働ける職場にするには?」と悩み考え続けていたそうです。
そんな彼を支えたのが、まさに先ほど述べたKSKサイクルによる会社のバックアップでした。
経営層はAさんの声に耳を傾け、人的にも制度的にもサポートを行い、業務効率化や労働環境の改善に協力しました。
例えば勤怠管理にITツールを導入したり、業務の一部を部下に権限移譲するなどして、Aさんが人材育成に専念できる時間を生み出したのです。
こうしたサポートのもと、Aさんは従業員一人ひとりとの面談に積極的に時間を割くようになりました。
面談では現場の悩みを傾聴し、一緒に目標を設定し、フィードバックを丁寧に行い、将来のキャリアビジョンについても話し合いました。
まさに傾聴・支援の実践です。
その結果、社員のモチベーションが大きく向上し、工場全体の売上も伸び、人材応募も飛躍的に増加するといった成果が現れました。
そして何よりも――Aさん自身が大きく成長し、ある答えを導き出したのです。
Aさんが出した答え。
それは「障がい者と社会をつなぐ仕事がしたい」というものでした。
日々の業務と真剣に向き合い、また自身のご家族ともしっかり向き合う中で、Aさんの中に芽生えた強い想いだったのでしょう。
これはまさに彼自身のビジョンと言えます。
そして経営陣はその想いを尊重し、新たな事業として社内で検討を始めました。
その結果、当社では障がい者の就労支援施設を立ち上げるプロジェクトが動き出しました。
この新事業のアイデアは社員とのビジョン面談を重ねる中で生まれたものです。
まさに社員の「なりたい姿」を聴き続けたことで、新たな事業が誕生した好例と言えるでしょう。
経営者として、自社の社員発のビジョンが会社の新規事業になることほど嬉しいことはありません。
この障がい者支援事業は社会貢献度も非常に高く、当社の新たな柱の一つとなる可能性を秘めています。
社員個人の成長が会社の成長につながり、ひいては社会の役に立つ事業につながった——人的資本経営の素晴らしさを実感できるエピソードではないでしょうか。
中小企業規模(当社は社員60名ほど)の取り組みではありますが、人に焦点を当てる経営の重要性を改めて教えてくれる出来事でした。
社員の可能性を引き出し、その自己実現を支援する経営は、本業の収益拡大だけでなく新規事業の創出にもつながり、結果的に会社のビジョン実現と社会貢献を同時に達成し得るのです。
まとめ
最後に改めて、人的資本経営とは決して奇抜な新手法ではなく、原点に立ち返った経営手法だと言えるかもしれません。
昔から「人材こそ企業の宝」と言われますが、まさにその通りで、人を大切に育てることが企業繁栄の王道です。
現代風に言えばそれが人的資本経営であり、データ活用や情報開示によって見える化が進んだ点が新しいだけなのです。
ぜひ想像してみてください。
社員一人ひとりがいきいきと躍動し、成長し続ける企業は、一体どんな未来図を描くでしょうか。
きっと素晴らしいビジョンの実現に至ることでしょう。
人的資本経営の先に広がるその未来を、皆さんの会社でもぜひ掴んでいただきたいと思います。
会社の規模は関係ありません。
人に向き合い、人を成長させる経営を行うことで、どんな企業でも着実に前進できます。
私たち御津電子も引き続き「人の可能性は無限大」を信じ、社員とともに未来のビジョン実現へ走り続けます。
あなたの会社でもぜひ、人的資本経営を始めてみませんか。
きっと数年後、「始めてよかった」と心から実感できるはずです。