中小製造業経営者が語る「人的資本経営」実践のすすめ


中小製造業の経営者として、つい生産設備や最新の機械ばかりに目が行きがちではないでしょうか。しかし、その設備の価値を最大限に引き出すのは他でもない「人」です。人的資本経営とは、社員を単なる労働力ではなく「資本(財産)」と捉え、その才能や経験を最大限活かすことで企業価値を向上させる経営手法を指します。私自身、自社で人的資本経営を推進する中で「人こそが財産である」という思いを強くしてきました。この記事では、御津電子(株)の代表である人見雄一の視点から、中小製造業での人的資本経営の具体的な実践方法とその効果について、経営者の皆様に分かりやすくお伝えします。経営のヒントとしてお役立ていただければ幸いです。

設備より大切なのは人:人の力が設備の価値を最大化する

中小製造業ではどうしても設備投資や技術革新に目が向き、「モノづくり=設備が命」と考えられがちです。しかしどんなに優れた戦略や最新設備があっても、それを使いこなし成果を出すのは他でもない**「人」です。企業の経営資源は「ヒト・モノ・カネ・情報」に大別されますが、中でもヒトは他の資源を動かす主体であり最も重要だとされています。最新の技術を操り、新たな価値を生み出すのも結局は従業員一人ひとりの力です。「最新技術を活用するのも、生み出してくれるのも全て従業員。だからこそ従業員が安心して挑戦し成長できる環境を整えることが企業経営の最重要部分だ」と当社では考えています。設備も大事ですが、それ以上に「人こそ財産」**という視点を持つことで、設備投資の効果も最大限に高まります。

人的資本経営の考え方に立てば、従業員は単なるコストではなく価値を生み出す源泉です。経済産業省も「人的資本経営とは、人材を資本と捉えその価値を最大限に引き出すことで中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方」であると定義しています。つまり、人への投資こそが将来の大きなリターンを生むという発想です。私の実感としても、人に焦点を当てる経営に切り替えてから、社内の雰囲気や業績に良い変化が次々と起こりました。実際、当社では人的資本経営を本格的に推進してから約2年で、新規に福祉事業部を立ち上げ早期に黒字化することができています。これは設備中心の発想では生まれ得なかった成果であり、「人は会社の財産」であることを改めて証明するエピソードとなりました。

従業員の可能性を信じることがすべての出発点

人的資本経営を実践するうえで何より大切なのは、従業員一人ひとりの持つ可能性を信じることです。経営者が「この人にはもっと力がある」「人の可能性は無限大だ」という前提に立つことで、初めて社員の力を引き出す経営が始まります。私自身、前職のリクルートで多くの人材育成に関わる中で、人の潜在能力は環境次第で驚くほど開花することを目の当たりにしてきました。上司が部下の可能性を信じ、引き出してくれたおかげで、売上が伸び悩んでいた私がマネージャーにまで成長できた経験もあります。

御津電子ではこの考え方を経営の柱に据え、「あなたはできる!」というメッセージを社内文化にしています。例えば社内では**「人の可能性は無限大」**という合言葉があるほどです。経営者自身がまず従業員を信頼し、「この社員はきっとできる」という前向きな期待を示すことで、社員も自己の可能性を信じ始めます。すべては経営者が従業員の可能性を信じることから始まる――人的資本経営の根底にあるこの信念を常に忘れないようにしたいものです。

一人ひとりに向き合い本質的な悩みを共に解決する

社員の可能性を信じたら、次に大切なのは一人ひとりと真摯に向き合うことです。画一的な研修プログラムやアンケート調査だけでは見えてこない、各従業員の本質的な悩みや「本当は何をやりたいのか」を知るには、日頃からのコミュニケーションが欠かせません。経営者や管理職自らが社員と直接対話し、傾聴することで初めてその人の課題や成長意欲が見えてきます。

図:御津電子が実践する「KSKサイクル」。積極的なコミュニケーション(対話)を通じて、一人ひとりの声に傾聴し (K)、要望に寄り添い支援し (S)、改善策を講じていく (K) アプローチを繰り返す。社員との対話を重ねることで信頼関係を築き、各自の課題解決と成長を促すことができる。

当社では社員との対話を重視し、「KSKサイクル(傾聴・支援・改善)」と名付けたコミュニケーションサイクルを回しています。経営陣や上司が現場の声に耳を傾け(傾聴)、社員の要望や悩みに寄り添い支援策を講じ(支援)、その結果を受けて職場環境や仕組みを改善する(改善)――この3つのステップを繰り返すことで、社員が自らの強みを発揮しやすい環境を整えているのです。例えば当社の工場では、管理職の大賀さんが毎月部下との面談の時間を積極的に設け、業務上の困りごとやキャリアの悩みを丁寧にヒアリングしました。そして一緒に目標を設定し、必要な支援を行い、成果に対してフィードバックするという対話を重ねた結果、従業員のモチベーションが大きく高まりました。その効果は数字にも表れ、工場の収益・売上は従来比1.2倍に伸長し、月あたりの採用応募者数も20名増加するなど、人材面・業績面で大きな成果が出ました。

このように、社員一人ひとりと向き合って本音を引き出し、共に課題を解決する姿勢が、結果的に社員の成長と会社の業績向上につながります。単に研修メニューを与えるだけではなく、経営者自身が社員の声に耳を傾けることで、「この会社は自分を大切にしてくれている」という安心感とやる気が生まれます。社員との信頼関係が深まれば、「もっと会社に貢献したい」「新しいことに挑戦してみよう」という前向きな変化が各所で起こり始めます。それこそが人的資本経営の理想的な循環と言えるでしょう。

なお、当社のブログではこうした人的資本経営の具体的な事例も紹介しています(現場管理者が人材育成にフォーカスして成果を上げたケースなど)。興味のある方はぜひ御津電子のブログ記事「人的資本経営、製造業の事例」もご覧ください。そこでは、人材育成に注力することで新規事業の創出にまで繋がった実例を詳しくレポートしています。

「やる気」を引き出せば社員は自ら学び成長する

人的資本経営では、社員の**「やる気(モチベーション)」**を引き出すことが何よりも重要なカギとなります。経営者がいくら研修の機会や立派な評価制度を用意しても、肝心の本人にやる気がなければ宝の持ち腐れです。裏を返せば、社員が自発的に学び成長したいという意欲に火がつけば、多少の困難があっても自ら乗り越えて大きく成長していきます。

では、どうすれば社員のやる気スイッチを押すことができるのでしょうか。前述のように、まずは経営者が信頼と対話をもって社員一人ひとりに向き合うことです。その上で、社員が安心して働ける職場環境(ワークライフバランスや心理的安全性の確保など)を整えることも欠かせません。経営者が従業員の成長に本気で向き合いサポートする会社では、実際に社員の仕事に対する意欲が高い傾向があるとデータも示しています。中小企業庁の調査によれば、経営者が従業員の能力開発に積極的に取り組んでいる企業では、従業員の仕事への意欲が顕著に高まるという結果が出ています。逆に言えば、普段から社員のモチベーションを高める経営努力をしていれば、研修をしなくても社員自ら学び成長してくれる下地ができるのです。

特に中小企業では、人材育成のリソース(資金や時間)が大企業ほど豊富ではないケースも多いでしょう。そのため「研修や教育より先に、まずやる気を引き出すこと」に注力するのは理にかなっています。社員のやる気さえ引き出せれば、あとは本人が自発的にスキルを磨いたり知識を吸収したりするものです。実際、当社でも社員のモチベーションが上がるにつれて「こういうことを学びたい」「資格取得に挑戦したい」といった自主的な声が増えてきました。形式的なアンケートを取るまでもなく、日々の対話の中で社員の意欲やアイデアがどんどん出てくるようになるのです。人的資本経営ではまず**社員の内発的な動機づけ(やる気)**を引き出すことが大前提。その上で必要な知識やスキルは後からついてきます。経営者にとっては、社員のモチベーションを引き出す“聞き上手”になることこそが、最大の育成施策と言えるかもしれません。

まとめ:人が財産の経営で会社は伸びる

最後に、本記事のポイントを整理します。人的資本経営を中小製造業で実践するにあたって大切なことは以下の通りです。

  • 設備より人を重視する – 機械や設備は人が使ってこそ価値を生む。人こそが最大の財産。
  • 人を「資本」と捉える – 従業員をコストではなく企業成長の源泉と考え、人への投資を惜しまない。
  • 従業員の可能性を信じる – 人の成長力は無限大。経営者がまず社員の可能性を信じることから全てが始まる。
  • 一人ひとりと向き合う – 画一的な策より対話を重視。各自の本音や悩みを傾聴し、共に解決する姿勢が信頼と成長を生む。
  • まずやる気を引き出す – 研修の前に社員の内発的な意欲を喚起する。やる気が出れば人は自ら学び力を発揮する。
  • 環境整備と支援 – 社員が安心して挑戦できる職場環境やサポート体制を整える。失敗を恐れず挑める文化づくり。
  • 継続的な対話と改善 – 社員との対話を継続し、得られた声をもとに職場を改善し続ける。経営者自身が伴走する。

私たち御津電子では、以上のポイントを意識しながら人的資本経営を推進してきました。その結果、社員たちが自発的に学び挑戦する風土が醸成され、新規事業の立ち上げや業績向上といった目に見える成果にもつながっています。改めて実感するのは「すべては人」。社員の力を信じ、引き出す経営こそが、これからの中小企業が競争力を高め持続的成長を遂げるカギだということです。

人的資本経営の素晴らしいところは、社員と会社が共に成長し、ひいては社会にも貢献できる好循環を生み出せる点です。社員が成長すれば会社の業績も上がり、新たな事業機会も見えてきます。実際、従業員との対話から当社で生まれた新規事業(障がい者雇用の福祉事業)は、社会貢献度も高く会社の新たな柱として育ちつつあります。こうした経験から私が強く感じるのは、「人の可能性を信じ抜く経営」が会社の未来を拓くということです。

日本の中小製造業は、人材こそが最大の強みです。日本企業には長期雇用をはじめ昔から「人を育てる文化」が根付いており、それを活かさない手はありません。人を大切にし潜在力を引き出す経営手法を取り入れることで、設備や技術への投資も初めて生きてきます。ぜひ皆さんも、自社の「人的資本」を今一度見つめ直し、人が財産の経営に踏み出してみてください。経営者自らが社員の可能性を信じ、支援し、そして共に成長していくことで、きっと会社は今まで以上に大きく飛躍できるはずです。

御津電子株式会社では、引き続き人的資本経営を通じて「ものづくりを通じた多角化経営」というビジョン実現を目指しています。社員一人ひとりの力を信じ、引き出し、そして日本の製造業全体を元気にしていきたい——そんな思いで日々取り組んでおります。人的資本経営に関するご相談や講演のご依頼などがございましたら、ぜひお気軽にお声掛けください。


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参考文献・出典:

  • 経済産業省「人的資本経営 ~人材の価値を最大限に引き出す~」
  • 中小企業庁「2022年版 中小企業白書 第2部第2章 第2節 人的資本への投資と組織の柔軟性」
  • 御津電子株式会社「人的資本経営について」(会社情報ページ)
  • 御津電子株式会社「人的資本経営、製造業の事例:中小企業工場管理責任者が見出した『人の育成』へのフォーカス」
  • 岡山障害者就労支援株式会社ブログ「人的資本経営の事例、Factory Innovation Week 2025で登壇してきました」