「材料が上がる」——。
この一言で片づけるには、いま直面しているリスクはあまりにも大きすぎます。
ホルムズ海峡の混乱は、単なる原油価格の問題にとどまりません。石油化学の“入口”であるナフサの調達・価格・納期を同時に揺るがし、その影響は製造業の原価だけでなく、サプライチェーン全体へと一気に広がっていきます。
つまり今起きているのは、コスト上昇という一面的な問題ではなく、ものづくりの基盤そのものが揺らいでいる状態だと言えます。
目次
①そもそもナフサとは?

ナフサとは、原油を精製する過程で得られる石油製品の一つで、ガソリンに似た透明な液体です。沸点はおおよそ35〜180℃と比較的低く、「軽質留分」に分類される扱いやすい原料でもあります。
ナフサは、そのまま燃料として使われることもありますが、最も重要な役割は石油化学の原料としての用途です。いわば、ものづくりのスタート地点に位置する存在です。
具体的には、ナフサは分解装置(クラッカー)にかけられることで、エチレン、プロピレン、ブタジエンといった基礎化学品へと変換されます。
さらに、ベンゼン・トルエン・キシレン(BTX)といったペットボトルや車の塗装、スマホの樹脂などに必要な芳香族化合物もここから生まれます。
これらの基礎化学品は、その後さまざまな中間原料へと加工されていきます。たとえば、プラスチックや合成ゴム、合成繊維、塗料、接着剤、洗剤など、私たちの生活や産業を支える材料の多くが、この流れの中で生み出されています。
そして最終的には、自動車部品、家電製品、食品包装材、建築資材など、幅広い製品に姿を変えていきます。
つまりナフサは、特定の業界に限らず、製造業全体に影響を与える“基盤となる原料”と言えるでしょう。
そのため、ナフサの価格や供給が不安定になると、その影響は時間差を伴いながら、さまざまな製品や業界へと広がっていきます。
原料の段階で起きた変化が、最終製品の価格や供給にまで波及する——これがナフサの持つ大きな特徴です。
②ホルムズ海峡への依存度は?(なぜ日本は影響が大きいのか)

ホルムズ海峡は、世界のエネルギー輸送における“喉元”とも言われる、極めて重要な海上ルートです。中東の産油国と世界各国をつなぐ要所であり、ここを通過するタンカーの動きが止まると、エネルギー供給そのものが大きく揺らぐ構造になっています。
実際に、米EIAの分析では、2024年には1日あたり約2,000万バレルの原油がこの海峡を通過しており、これは世界の石油消費の約20%に相当するとされています。また、仮に封鎖や通行制限が起きた場合、代替となる輸送ルートは存在するものの、その輸送能力には限界があり、すべてをカバーできるわけではないと指摘されています。
こうした中で、日本は構造的にこのリスクの影響を受けやすい国です。資源エネルギー庁のデータによると、日本の原油輸入における中東依存度は94.7%(2023年度)と非常に高い水準にあります。つまり、日本に入ってくる原油のほとんどが、ホルムズ海峡を経由しているということです。
さらに見逃せないのが、石油化学原料であるナフサの依存構造です。石油化学工業協会の統計では、ナフサ輸入のうち73.6%(2024年)が中東由来となっており、こちらも同様に高い依存度を示しています。
このように日本は、「エネルギー」と「化学原料」の両方において同じ輸送ルートに依存しているため、ホルムズ海峡の混乱は単なる燃料価格の問題にとどまりません。樹脂や溶剤、ゴムといった材料の供給や価格にも直結し、結果として製造業の原価や生産体制にまで影響が広がりやすい構造となっています。
つまり、ホルムズ海峡の問題は“遠い国の出来事”ではなく、日本のものづくりそのものに直結するリスクであると言えるでしょう。
③今できる対策(“止まらない”設計に寄せる)

こうした局面で重要なのは、「いかに止まらない体制をつくるか」です。ポイントは、場当たり的な対応ではなく、優先順位を明確にした実務対応にあります。
■ 在庫確保(ただし“品目を選ぶ”)
ナフサ市況の急変は、すでに石油化学製品の値上げや供給調整として現れています。実際に、短期間で600ドル台後半から1,100ドル前後まで価格が上昇したケースもあり、市場の不安定さは無視できない状況です。
こうした局面では、現物不足が起点となるため、「後追いで発注する」という判断は大きなリスクになります。いざ必要になった時には、すでに手に入らない、あるいは大幅なコスト増を受け入れざるを得ない可能性があるためです。
ただし、すべての材料を在庫として抱えるのは現実的ではありません。重要なのは、
「代替が効かない」
「止まるとラインが停止する」
この2つの観点で優先順位をつけ、戦略的に在庫を確保することです。
■ 価格転嫁(“ナフサリンク”を仕組みにする)
ナフサの価格上昇は、石油化学メーカーのコスト増としてすでに表面化しており、「中東産ナフサの調達難」や「代替調達によるコスト増」といった状況も公表されています。こうした上流のコスト上昇は、時間差を伴いながら確実に川下へと波及していきます。
そのため、価格改定を都度交渉するのではなく、あらかじめ契約や見積条件の中に組み込んでおくことが現実的です。
具体的には、
・サーチャージ条項の導入
・定期的な価格改定ルールの設定
・市況指数への連動
といった形で、“ナフサリンク”の仕組みを構築することが重要になります。
後手に回るほど利益は圧迫されるため、早い段階での対応が求められます。
■ 顧客との情報連携(“先出し”が信頼を生む)
ホルムズ海峡の混乱は、原材料だけでなく、輸送に関わる保険料や運賃、さらには納期にも影響を及ぼします。つまり、影響はコストだけでなく、供給の安定性そのものに及びます。
だからこそ、顧客への情報共有はスピードが重要です。単に「値上げします」と伝えるのではなく、
・納期遅延の可能性
・供給制限の見通し
・代替材料や代替手段の提案
・優先供給の条件
といった内容をセットで、早い段階から共有していく必要があります。
“先に動いた企業が、最終的に信頼を得る”
これは多くの現場で実感されているポイントです。
④まとめ:結局、確実に起こるのは“インフレ”。備える会社が残る
世界情勢は不安定さを増し、ホルムズ海峡は依然として石油関連原料にとって最大級のリスクポイントであり続けています。このような状況で、まず確実に起こるのが、原材料・物流・エネルギーを起点としたインフレです。これらのコストは連鎖的に上昇しやすく、最終的には製品価格や企業収益にまで広く影響を及ぼします。
では、この局面で企業は何をすべきか。
対応は短期と中期に分けて考える必要があります。
短期的には、在庫の最適化、価格転嫁の仕組みづくり、そして顧客との密な情報連携によって、まずは事業を“止めない”ための止血が重要です。これにより、急激な環境変化の中でも最低限の安定を確保することができます。
一方で中期的には、より本質的な体質強化が求められます。具体的には、資金面での耐久力を高めること、そして付加価値の高い仕事へシフトしていくことです。混乱が長期化すればするほど、収益性やキャッシュフローは圧迫され、資金調達の環境も厳しくなっていく可能性があります。そのため、早い段階で体制を整えておくことが重要です。
最後に私見ですが、不確実性が高い局面では、回収期間の長い大型投資は慎重に判断するべきです。それよりも優先すべきは、
① 必要な運転資金の確保(銀行枠の確保を含む)
② 付加価値の高い領域への転換
③ 代替材料・代替サプライヤーの事前評価
この3点に経営資源を集中させることです。
環境の変化そのものは避けられません。しかし、備え方によって結果は大きく変わります。
不確実な時代だからこそ、準備している企業が次の成長機会をつかむ――その差は、すでに生まれ始めています。