中小製造業の後継者不足は深刻です。本記事では2024年のデータを基に、構造的な背景と課題を整理し、親族内承継・収益改善・財務強化・先代の引き方など、経営者として実践すべき4つの解決策を温かく誠実な視点で解説します。
中小企業の製造業では、後継者問題が非常に重要な課題となっています。
製造業の多くはお客様から依頼された製品を長期的な取引関係のもとで作り続けるビジネスモデル。
そのため取引先からは「後継者は大丈夫か?」と問われることもしばしばです。
実際、ある金属加工メーカーの社長は取引先から事業承継について指摘され、初めて本腰を入れて承継計画を進めたという事例もあります。
こうした背景から、自社に後継者がいるかどうかは信用にも関わり、日本の産業全体にとっても重要な問題なのです。
では、現状どのくらいの中小企業が後継者不在に悩んでいるのでしょうか。
中小企業全体で見ると、半数以上の企業(2023年時点で54.5%)が後継者不在という状況にあります。
製造業に限っても45.5%の企業で後継者が決まっておらず、これは全業種中で最も低い割合とはいえ約半数が後継者不足に直面していることに変わりありません
このように、中小製造業の多くが後継者問題を抱えているのが現状です。
目次
なぜ後継者が不足するのか ─ 構造的な3つの課題

中小製造業で後継者が不足する背景には、いくつかの構造的な課題があります。
① 薄利多売構造による投資不足
多くの中小製造業では営業利益率が3〜4%台と低く、内部留保を積み上げる余力が限られています。
利益が少ないと後継者育成に十分な投資ができず、日々の業務をこなすだけで手一杯になってしまう現状があります。
利益がわずかしか出ないと、次世代の後継者育成に投資する余裕がないのが実情です。
その結果、「今は目の前の業務で手一杯で、後継者のことまで手が回らない」という経営者も多く、後継者育成自体が後回しになりがちです。
こうした低収益体質の影響は数字にも表れています。
東京商工リサーチの調査によれば、2020年に休廃業・解散した企業の75.5%が売上高当期純利益率5%未満という低い利益率でした。
つまり利益率5%未満の薄利企業では事業継続が難しく、多くが事業承継できずに廃業へ至っているわけです。
このデータからも、収益力の低さが後継者問題を深刻化させていることが分かります。
② 若手人材の不足・育成の遅れ
少子高齢化により若手人材そのものが減少。
製造業では特に技能者不足が深刻で、社内に適任者がいないケースも多く見られます。
また、先述のように日々の業務優先で後継者育成が計画的に行われていない企業も少なくありません。
その結果、経営者の高齢化が進んでも承継準備が整わず、気付けば社長が70代後半…という企業もあるでしょう。
「忙しくて承継準備を先延ばしにしていたら、いつの間にかこんな年齢になってしまった」という声も現場ではよく耳にします。
③財政経営基盤の弱さ
中小製造業では先代経営者個人の信用力で銀行借入をしているケースも多く、会社自体の自己資本比率や蓄えが十分でないことがあります。
後継者に事業を引き継ぐ際、会社にキャッシュ(現預金)や純資産の蓄えが少ないと、新体制での経営に不安が残ります。
加えて、事業承継には株式の買取や相続税・贈与税の納税など資金面の負担も発生します。
会社に体力がなければ、後継者がそれらを賄うことが難しく、承継自体を断念せざるを得ない事態も起こり得ます。
以上のように、中小製造業の後継者問題は低収益ゆえの資金難と人材難が絡み合った複雑な課題です。
「後継者がいない」「育てる余裕もない」という現状を放置すれば、取引先からの信用も低下し、ひいては黒字でも廃業せざるを得ない企業が増えてしまいます。
では、この難しい事業承継の問題をどう解決していけば良いのか、次に具体的な解決策を考えてみましょう。
4つの解決策|経営者が今日から実践できること

中小企業における事業承継には、大きく分けて次の4つの選択肢が存在します
①親族内承継(家族への引き継ぎ)
②親族外承継(従業員など社内の人材や外部から後継者を迎える)
③第三者承継(M&Aによる事業売却など)
④廃業(事業清算)
この中で、私は親族内承継(家族への引き継ぎ)を最もお薦めしたいと考えています。
もちろん企業の状況によってはM&Aや社外からの招聘が有効な場合もあります。
しかし、長年培った会社の技術や信頼関係、社風をできるだけ維持した形で次世代につなぐには、やはり親族が後を継ぐのが理想的です。
以下では、親族内承継を中心に、承継問題を解決するための具体策とポイントについて解説します。
解決策1.親族内承継を計画的に進め、後継者を育成する
家族への承継は、中小企業では昔から一般的な形態であり、現在でも事業承継の約3~4割は親族内で行われています。
また、良いビジネスを長く続けている企業のほとんど、95%以上がファミリービジネスだそうです。
親族内承継の大きなメリットは、周囲への影響を最小限に抑えて事業を継続できることです。
家族であれば社内の事情や社風をよく理解しており、従業員や取引先にも受け入れられやすい傾向があります。
➡事業承継に必要なことは「エモーショナルキャピタル」の承継〜大澤真氏(株式会社フィーモ 代表)×高浜敏之(株式会社土屋 代表)対談
➡ファミリービジネスの枠組みが今なお企業経営の堅実な基盤である理由
しかし、親族内承継を成功させるには計画的な準備と後継者育成が欠かせません。
単に息子や娘だからという理由でいきなり社長に据えてもうまくいくとは限らず、後継者自身の能力と覚悟を高めるプロセスが必要です。
私自身、多くの後継者を見てきましたが、他社での勤務経験を積んだ人ほど自社を継いだ後に成功しているケースが多いと感じます。
外の世界で揉まれ、自分の力で収入を得る苦労を経験した人は、会社を継いだときの視野や度量が違います。
例えば、社外で年収1,000万円以上を稼げる実力を身に付けてから自社に戻ってきたような人材であれば、経営者として十分な能力と自信を持っているでしょう。
逆に言えば、それくらいの稼ぐ力・経営力を備えた人材を家族の中で育成することが理想です。
具体的には、後継者候補にはできれば新卒でいきなり自社に入れるのではなく、一度は外の企業で働かせることをおすすめします。
外で様々な経験を積んでから戻ってきた後継者は、社内しか知らない場合と比べて視野が広く、自社の強み・弱みも客観視できます。
また、外部で成果を上げた実績は従業員からの信頼にもつながり、円滑な世代交代にプラスとなります。
私自身も実際にリクルートで契約社員で入社して、正社員になり、マネージャーまでまかせていただきました。
その営業経験とマネジメント経験は、今でもとても活きています。
将来会社をつくためには少なくとも35歳までは他社でご飯を食べる経験をする。
ほんときつい時期もあったし、何度もやめようと思った時がありました。
でも会社経営をするためには必要な経験だと思い、歯を食いしばって頑張ってきました。
従業員としてご飯を食べる大変さを、身に染みて実感してきました。
重要なのは「いつかそのうち」ではなく、できるだけ早くから承継に向けた具体的なアクションを起こすことです。
後継者候補が決まっている場合でも、社内外への周知や経営ノウハウの移転には時間がかかります。
計画的な後継者育成を心がけ、現経営者は「今のうちに次世代へバトンを渡す準備をする」という意識改革が求められます。
解決策2.企業の付加価値を高め、高収益体質にする
次に、会社の収益力を強化することも後継者問題解決の重要なポイントです。
「儲かる会社には後継者が集まり、儲からない会社には後継者が来ない」 これは事業承継の本質です。
「企業価値を高めて魅力のある企業にする」ことは、後継者候補が見つかりやすくなるだけでなく、仮に第三者に事業を譲渡(M&A)する場合でも買い手が付きやすくなるというメリットがあります。
中小製造業では「利幅が薄いから仕方ない」と思われがちですが、工夫次第で営業利益率5%超えを目指すことも可能です。
実際、黒字で安定成長している中小製造業の多くは、自社の独自技術や強みのある製品で高付加価値を実現し、利益率を業界平均以上に高めています。
また、「見栄えの良い高級車や立派な社屋にお金をかける企業でうまくいっているところは少ない」と言われます。
立派な社屋より、磨かれた工作機械のほうが企業価値につながる── これは製造業ではよく言われることです。
例えば、最新鋭の設備導入やDX(デジタルトランスフォーメーション)による生産効率向上、従業員のスキルアップなどは費用対効果の高い投資です。
こうした内部への投資によって製品品質や生産性が上がれば、結果として取引単価の引き上げや新規顧客の獲得にもつながり、収益力向上が期待できます。
利益率が上がれば会社に潤沢なキャッシュも残りやすくなり、承継時の選択肢も広がります。
さらに企業価値を高めておくことは、仮に親族以外への承継(例えば有能な社内の従業員や外部の経営者にバトンタッチ)を検討する際にも有利に働きます。
魅力的な会社であれば「自分が経営してみたい」と思ってくれる人材が見つかる可能性が高まりますし、金融機関や支援機関からバックアップを得られることもあるでしょう。
逆に、魅力や将来性が感じられない会社だと、せっかく後継者候補が見つかっても尻込みされてしまったり、M&Aでも良い条件が引き出せなかったりします。
そうならないためにも、今のうちから自社の強みを伸ばし弱みを補強して、稼げる会社にしておくことが、ひいては事業承継問題の根本解決につながるのです。
解決策3.キャッシュを蓄え、財務を強くする
3つ目のポイントは、会社の財務体質を健全に保ち、現預金などキャッシュをできるだけ蓄えておくことです。
事業承継の局面では、何かとお金がものを言う場面が出てきます。
たとえば親族内承継の場合、後継者が経営権を握るには自社株を取得する必要がありますが、その株式を買い取る資金が不足しているとスムーズな承継が難しくなります。
また、親族外の役員や従業員に承継するケースでも、後継者が個人で多額の資金調達を迫られれば尻込みしてしまうでしょう。
会社に十分な内部留保や現金預金があれば、承継時の選択肢は確実に広がります。
例えば、経営権の移転に伴う費用(株式買取資金や税金)を会社の蓄えから融通したり、銀行も潤沢なキャッシュを持つ企業には前向きに融資してくれたりします。現金が厚い会社は財務的に安定しているので、後継者も安心して引き継げますし、仮にM&Aで第三者に譲渡する場合でも良い条件を引き出しやすいです。
では、どうやってキャッシュを増やすかですが、地道ですが毎期黒字を出して税金を納め、それでも残るお金を積み上げていくしかありません。
設備投資などで減税を狙って利益ギリギリまで使い切ってしまう企業もありますが、承継を見据えるならある程度利益を出して納税し、手元資金を厚くしておく戦略も必要です。
もちろん、闇雲に内部留保するだけではなく、先述のように成長のための投資も並行して行うべきですが、「いざというとき頼りになるのはキャッシュ」であることは経営の鉄則です。
また、金融機関との関係構築も大切です。
事業承継時には後継者への融資(事業承継ローン)など支援策も利用できます(日本政策金融公庫の事業承継・集約・活性化支援資金)。
平時からメインバンクと十分な信頼関係を築き、必要なときに資金調達しやすい状況を作っておくと安心です。
潤沢なキャッシュと信用力があれば、多少経営環境が変化しても次世代へのバトンタッチを円滑に進められる「盤石な土台」ができあがるでしょう。
解決策4.先代経営者は潔く身を引き、一本化した体制を敷く
最後に、事業承継を成功させるための姿勢として強調したいのが、「譲る側の経営者は潔く引く」という点です。
私ども御津電子株式会社でも、2代目社長が承継時に65歳で代表を退任し、取締役にも残らず相談役に退いたというケースがありました。
承継直後に前社長と新社長の2人が社内にトップとして存在する状態は、社員にとって指揮系統が曖昧になり戸惑いの原因となります。
実際、中小企業では「会長(先代)と社長(後継)のどちらに従えばいいのか社員が迷ってしまう」という話もよく聞きます。
先代がいつまでも現場に口を出していると、社員はどうしても創業者である先代の意向を優先しがちです。
その結果、後継社長の指示が通らなくなり、せっかく代替わりしても新社長が実権を握れないという事態にもなりかねません。
例えば、承継後も会長が社員に直接指示を出してしまうと、社員は先代の指示を優先してしまい、現社長の計画通りに物事が進まなくなるケースが報告されています。
このように先代と後継者の2頭体制は組織に混乱と停滞をもたらす危険があるのです。
したがって、バトンを渡した先代は早い段階で身を引く覚悟を決めることが肝心です。
少なくとも経営の表舞台には立たず、陰から見守る立場に徹するべきでしょう。
先代が潔く引けば、任された後継者は「自分がやるしかない」という腹をくくることができますし、社員も新しいトップの下で結束しやすくなります。
御津電子のケースでも、先代が完全に一線を退いたことで社内の指揮系統が一本化され、私(後継者)自身も重責を一人で担う中で先代の偉大さを改めて実感しつつ経営に励むことができました。
「船頭は二人要らない」と言いますが、事業承継においても先代社長が居座らないことが円滑な世代交代の秘訣と言えるでしょう。
未来へのバトンタッチに向けて

以上、中小製造業における事業承継問題の現状と、その解決策について私なりの意見を述べさせていただきました。
まとめると、「後継者不足」は半数以上の中小企業で深刻な課題となっていますが、その解決には親族内承継を軸とした計画的な人材育成と会社の収益力・財務基盤強化が鍵となります。
そして先代経営者の潔い身の引き方も含め、社内外に対する継承の姿勢をしっかり示すことが成功のポイントです。
もちろん、ここで挙げた解決策はあくまで一般論であり、企業ごとに置かれた状況によって最適解は異なります。
中には後継者が本当に見つからずM&Aで第三者に譲渡するしか道がない場合や、苦渋の決断で廃業を選ばざるを得ないケースもあるでしょう。
それでも、何もしないまま時間が経てば選択肢は狭まる一方です。
本記事の内容が皆さんの会社でも早め早めの事業承継対策に着手するきっかけになれば幸いです。
そして、日本の中小製造業から後継者問題による廃業が一件でも減り、培われてきた技術と雇用が次世代につながっていくことを心から願っています。

中小製造業の経営者でしか知りえないリアルな情報を発信
【主な経歴】リクルート出身。数々の個人賞を受賞し、GMを歴任
【御津電子での実績】苦しい工場経営を1年でV字回復。技術力と人材育成を通じて、日本を代表する企業を目指している
【講演実績】
おかやまテクノロジー展(OTEX)2022 『仲間と共に歩むV字回復ストーリー』
日本金型工業会 『WEBマーケティングの力で新規開拓 ~顧客開拓に成功した事例~』
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